『ある日本人の告白』
放課後。
いつもと同じく、定刻通り図書館へ足を運ぶ。
「あんた何ニヤニヤしてんのよ」
図書館に入ってきた俺の顔を見て、
先にカウンターに着いていた鈴原が、訝しげに言う。
ニヤニヤとは失礼な。ちょっと口の端が引きつっているだけだ。
俺はカウンター内の椅子に着き、これみよがしに手紙を広げてやった。
それを俺の左肩から覗き込む鈴原。
「えらい可愛らしい手紙やけど…何なん?それ?」
不思議そうに言う鈴原の顔を見て、誇らしげに言ってやった。
「コレは…あれだよ鈴原君。俗に言う、こひぶみと言うヤツだよ」
「あんたうちにケンカ売ってんの?」
俺の挑発的な態度が気にくわないのか鈴原の機嫌が一気に悪くなった。
それを見ていると余計に、俺の笑いが止まらなくなってきた。
朝、靴箱を見たら置かれていた手紙。
差出人不明。
淡いピンク色の封筒で、宛名は確かに俺宛。
ハートのシールの封を切ると、ファンシーな便箋に
「大切な話があります。明日の4時、一人で体育倉庫裏まで来てください」
「…ベタベタやな」
鈴原がツッコむ。
「ま、まぁな…」
確かにそうだ。
「イタズラやろ、それ…」
「ま、まぁそうかもな…」
その可能性も確かに否定できない。
「それを認めてもまだニヤニヤし続けるかあんたは…」
鈴原が呆れたように言う。
だって…
「100%イタズラって決まったわけでもないだろ。
それに、俺にイタズラしたってメリットのあるヤツなんていないし」
「イタズラなんてハメることに意義があるわけで別に相手なんて誰でもええやん」
…なんだよ。
「えらくつっかかるな…?」
「あんたのその勝ち誇ったような顔が気に入らん」
そういうと鈴原は俺の頭をはたき、ぷいとそっぽを向いた。
そろそろ4時…。
「なぁ…鈴原」
「はい、何ですか?」
鈴原が不気味なぐらいわざとらしく作った笑顔でこっちを向く。
怖いから敬語を使うな。しかも標準語のイントネーションで。
「あれだ…この手紙、昨日もらったんだよな」
俺がラブレターを見せると、鈴原の口が更に引きつる。
「それが、どうかしたんですか?」
こいつは一体、いつ、どこで、こんな毒づき方を覚えたのだろうか…。
「この手紙が仮に女性によって書かれたものだとしよう。
すると、俺が4時に体育倉庫裏に行かなければ…非常にマズいんじゃないか?」
俺がおそるおそる説明すると、鈴原は今にブチ…いや、ハチキレんばかりの笑顔で、
「そうですね、どうぞ行ってきてください」
と、椅子ごと俺を蹴倒した。
4時半。
すごすごと図書室へ戻ってきて大人しくカウンターに着いた俺に、
鈴原は不機嫌そうな顔を向ける。
「どうや…?相手はこの鈴原ちゃんより可愛い子やったか?」
俺の顔を覗き込むようにして言う。
「あぁ、可愛い女の子だったぞ。奥ゆかしくて尽くしてくれそうな感じで。けっこう俺の好みのタイプだ」
俺が自慢してやると、鈴原は気まずそうにそっぽを向いた。
やばい、この反応がやたら嬉しい。
「そりゃ良かったな…おめでとう」
「良くねぇよ…」
俺は鈴原のうなじを眺めながら続けた。
「振ったんだぞ」
そう言うと、鈴原はバッと振り返って
「はぁ!?」
と、俺の襟を掴んできた。
「なんで振ったん!?好みなんやろ!?」
「なんで襟を掴む。苦しいから離せ」
怖い顔をした鈴原に襟を掴み上げられて何か問い詰められてる俺。
まるでカツアゲされてる気分だ。
「うちが聞いてんのや!」
ギリギリと襟を掴み上げて、右手の拳を喉仏に当ててくる。
そろそろカッターシャツが破れるから本当にやめてくれ。
俺は鈴原の手を振り払い、
「教えねぇ」
とだけ言ってそっぽを向いてやった。
「…へたれ」
鈴原はポツリと言った。
「どうとでも言え」
俺はどうでも良さそうに聞こえるように、返した。
その日はそれ以降、帰りの時間を過ぎても鈴原と一言も口を聞かなかった。
2005.4 執筆
2007.12.17 改稿
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