『手相が教える貴方の開運期』
午後3時半。
俺は今日もこの図書館へ当番を勤めるために足を運んだ。
「おっ、今日は時間通り来たな。ちょっとこっち来てや」
鈴原がカウンターの中からこっちを向いて手招きしている。
「なんだよ」
俺がカウンターの中に入ると、いきなり腕を引っ張られた。
「うあっ、な、なんなんだいきなり!」
「うち、今占いにハマってるねん」
抵抗してジタバタする俺の両腕を、鈴原は足まで使って椅子にしっかり押さえつけ、勝手に手相を見だした。
「…うあっ、あんた、生命線ないで」
「えっ、ウソッ!………って、ないわけないだろ!!」
俺の手はのっぺらぼうか。
「…人来うへんな」
「あぁ…」
むなしい。
誰も来ないのはいつものことだけど、今日は話が別だ。
「昨日、アレだけ苦労して作ったのになぁ…コレ…」
「全くだ…」
図書室のど真ん中に静かにたたずむド派手な展示。
俺たち図書委員は一昨日招集され、下校時刻ギリギリまで4時間がかりでコレを完成させた。
宣伝週間は昨日から始まっているが…誰も来ない。
「展示されてる本なんか、めっちゃキレイに整列しっぱなしで…これはこれで悲しいもんがあるなぁ」
「コレだったら、来館者にぐちゃぐちゃにされてグチりながら元に戻してる方がよっぽど良いよなぁ」
本の表紙には、約二日分の埃がかかって薄汚くなっている。
「…よし、うちがぐっちゃぐちゃにしてきたるわ」
「…やめろよ」
そんなことされたら余計にむなしい。
4時半になった。
「ほんま、人来る気配あらへんなぁ…」
「宣伝週間ってなんなんだろうな…」
宣伝効果全然ないじゃん。
「………」
「………」
「…今、あんた寂しいとか思った?」
一瞬黙ってから、鈴原がそんなことを俺に尋ねた。
「あー、うん、確かにちょっと寂しいかもな」
俺が曖昧に答えると、鈴原は俺の顔をじっと見つめた。
「うちは…あんたがいたら、寂しくないねんで」
「………?」
意味がよくわからなかった…けど、少しだけ、ドキッ、とした。
俺は鈴原にじっと見つめられ、俺も鈴原から視線がそらせなくなった。
息が苦しい。
鈴原は急に、気恥ずかしそうに俺から視線を外し、俯いてつぶやいた。
「この間はあんたがいいひんかったから…寂しかった」
その言葉で、やっとこいつの言いたいことが何なのか見当が付き、なんだかほっとした。
「この間のこと、まだ怒ってるのか…ケーキおごらせたクセに」
俺がうらめしそうに言ってやると、鈴原はうつむいてた顔を上げ、焦ったように言い返した。
「あ、あれは、うちが怒ってた分をチャラにしたんや!!」
「怒ってない分って、なんだよ…」
言い返すと、鈴原はまた気恥ずかしそうに俯いた。
「なんていうか…あんたに何か、わかっといてほしいねん…その…一人は寂しいからや…」
そう言って、鈴原は本当に寂しそうな顔をした。
俺はなんだか、鈴原の頭を撫でてやりたくなって…ぐっと我慢した。
その日の鈴原は、とてもかわいそうに見えて、とても可愛く見えた。
閉館時間が来た。
「ついに誰も来うへんかったな…」
「だな…」
言いながら、俺は図書館の鍵をかけた。
「あんた、また寂しいとか思ったやろ…ちゃうか?」
鈴原がジト目でこっちを睨む。
「別に…思ってねぇよ」
俺は鈴原の頬に向けて手をかざした。
「ちょ、…何?」
緊張する鈴原を無視して、俺は手をそっと鈴原の頬に近づけ………メガネをパクった。
「ちょ、うちのメガネ、何するんよ…こらーっ!逃げるなーっ!!」
俺は全力で走って、図書館の入り口から飛び出した。
走りながら後ろを振り向くと…鈴原は図書館の入り口でずっこけていた。
「ご…ごめん」
まずい、調子に乗りすぎた。
慌てて駆け寄り、鈴原を起こしてやろうと身を屈めた。
「大丈夫か?」
俺は右手を差し出した。
けど、鈴原は俺の手を無視して、両手を俺の頭に伸ばしてきた。
「お、おい…」
俺は屈みこんだまま頭を両手で鷲づかみにされ、身動きが取れなくなる。
……顔が近い。
鈴原の吐息が鼻にかかり、俺は息をするのも忘れ緊張してしまう。
頬や耳の体温が上がっていくのが自分でも分かる。
顔面が紅潮していくのを間近で見られてる…その場をごまかしたいのに、
ここまで近くで顔を見られているとそれも叶わない…。
俺はただじっと、鈴原にされるがままにされてやろうと思って静止していると…頭部を激しい痛みが襲った。
「い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!!!!!」
鈴原は俺の頭を鷲づかみにしたまま、両手の親指の腹で俺の頂頭部をグリグリと擦り倒した。
言っとくけど泣くほど痛い!
「いじめっこ」
鈴原は言って、やっと俺の頭を離してくれた。
半泣きになりながら右手で頂頭部を撫でていると、左手に持っていた眼鏡をひったくって奪い返される。
鈴原はそのまま俺に背を向け、帰って行った。
「どっちがいじめっこだよ…」
鈴原の「寂しい」が吹き飛んだ背中を見て、俺はなんだか嬉しくなって、なんだか照れくさくなった。
2005.3 執筆
2007.12.17 改稿
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