『はじまりはじまり』
ずっと虚勢を張り続けていたのは、間違いなく俺が臆病だったせいだと思う。 好きだと悟られまいと、気のない振りを続けてきた。 あいつと知り合ったのは1年と8ヶ月前。 あいつの事をハッキリ意識し始めたのはその3ヶ月後。 そして、今日までの1年と5ヶ月間。 俺は何やってたんだろうな。 その日は俺にとって逃してはならないはずの最後のチャンスだった。 明日にしようか、明後日にしようかとぐずぐずしている間にここまで来てしまったんだ。 つくづく自分が情けない。 けど、それも今日で終わりだ。 ダメだったら…なんて考え方やめておこう。 きっと、うまくいく。 そう、自分に言い聞かせて、俺は式中ずっと頭の中であるシミュレーションを繰り返し続けていた。 「…飯田雅弘」 俺は前に立ってるヤツのブレザーの背中をじっと見つめながら、あいつの顔を想像していた。 「…飯田雅弘」 ずっと好きだった、付き合ってほしい…いや、ストレート過ぎるかも…。 「…飯田、雅弘」 今度二人でどっか遊びに行かない?とか…ここでOKもらえたら脈ありだし、断られてもまだ精神的ダメージが少なくて済むし…。 「…飯田…雅弘」 ていうかそもそもあいつのメルアドとか、電話番号すら知らないんだよな…まずそこからいってみるか? 「…いいだまさひろ」 そうだよ、やっぱ順序としてはそこからだよな。メール交換とかして、あいつに親近感持たせてそれから…。 「…いいだ…まさひろ…」 「おい、お前とっとと行けよ、何してんだ」 隣のヤツに肘でわき腹を小突かれてハッと我に返る。 壇上では、校長が俺の卒業証書を持ったまま呆然としていた。 だめだ、また遠回りする事ばかり考えている。 そんな事でどうする。今日で決着を付けると決めたんだ。 ちゃんと、あいつの目を見てハッキリと言おう。 好きだ、って。 式を終え、講堂から外に出る。 長時間人口密度の高いところにいたせいか、外の空気がうまい。 俺は期待と不安を胸いっぱい抱えながら、前庭であいつの姿を探してみる。 「先輩っ」 後ろから声をかけられて振り返ると、 一年後輩の滝井あゆみが立っていた。 「卒業おめでとう!いやー、寂しくなるねぇ」 滝井はいつもの調子でヘラヘラと笑いながら俺の肩をペシペシ叩いてくる。 「あぁ、ありがとう。俺もお前の相手をできなくなるのが残念だな」 軽く頭を撫でてやると、ひゃぁっ、と小さい悲鳴をあげて、頭をこっちに突き出してくる。 俺は滝井の髪をくしゃくしゃにかき回しながら聞いてみた。 「他のやつらは?」 俺が頭から手を離してやると、滝井は「ほぇ?」と言いながら顔を上げる。 「辻君は生徒会の用事で捕まってて、紗代ちゃんは美術部の先輩のとこ挨拶行ってて、なっちゃんは…」 滝井は言いかけて、チラリと右斜め後ろを振り向く。 そこには…滝井と同じく一つ下の後輩、一ノ瀬夏子の横顔が見えた。 なんだか恥ずかしそうに困っている様子に見える。 その正面には…一人の男の姿。 「なぁ、あれって…」 俺がそっちを指さして聞くと、滝井も少し言いにくそうに答えた。 「うん…多分、なっちゃんコクられてんじゃないかな。さっきあの先輩に呼ばれてね。あっち行っちゃったの」 …先を越されてた。 なんだかやりきれない気持ちになってくる。 「邪魔しちゃ悪いな。滝井、昼飯行こう」 俺はなるべくそっちを見ないように、踵を返して門の方を向いて歩き始めた。 「ちょ、ちょっと先輩…」 滝井は慌てて後ろを追いかけてくる。 「他に卒業を祝ってくれるような後輩はいないんだ。飯ぐらいおごらせてくれよ」 「そう?」とだけ聞き返して、滝井は黙ってついてきてくれた。 一ノ瀬は…告白を受けたのだろうか。 とてもじゃないけど、結果を聞きたいとは思わなかった。 ファストフード店の店内。 二人掛け用の席で、俺と滝井は向かい合って座った。 俺のトレーの上には、チーズバーガーとポテトのMサイズ。ついでにナゲット、飲み物はコーラ。 向かいのトレーには、ミート4枚積みのメガバーガーにポテトはLサイズ。飲み物はジンジャエール。 「なぁ、お前、そんなでかいの食うのか」 俺が聞くと、滝井はヘラヘラと笑いながらあっけらかんと答えた。 「ムリ。残ったら食べてね」 それを先に言ってくれりゃ、俺はナゲット頼まなかったのになぁ…。 俺はチーズバーガーのラップを半分めくって、端っこから頬張った。 滝井は大口を開けてメガバーガーにかぶりついている。 「みっともないぞ」 俺が注意してやると、滝井は少し租借して口の中身を飲み込んだ後、言った。 「おごりは美味しいよね」 「この店はミミズの肉を使っているらしいぞ」 「嘘だよ。ミミズのお肉って、こんな味しないもん」 食ったことあるのかよ…。 チーズバーガーとポテトを食べ終え、ナゲットをお持ち帰りした方が良いか考えていると、 「ご馳走様」と滝井が食べ残したメガバーガーとポテトに手を合わせて拝んでいた。 このやろう、メガバーガーもポテトも半分ずつ残してやがる。あ、ジンジャエールもだ。 「はい、どーぞ」 メガバーガーとジンジャエールを俺のトレイに移してきた。 「ジンジャエールは持って帰りながら飲めよ」 「えー、炭酸抜けるじゃん。ただの生姜ジュースになっちゃうよ。そんなの絶対飲まない。流す」 「流すな」 俺はドケチ根性を発揮させてジンジャエールのストローに口を付けた。 「あ」 滝井が声を上げる。 「何だよ」 「なんでもないよ」 滝井は細長いフライドポテトを1本取り出して、前歯でカリカリ削りながら変な食べ方をし始めた。 俺は無視してジンジャエールを飲み干し、メガバーガーに口をつける。 「あー…」 「だから、何だよ」 しつこく声を上げる滝井に聞きなおした。 「かんせつちゅー」 それを言われ、俺は一瞬、ビクッ、と食うのを躊躇って静止してしまう。 「俺は直接ちゅーしか認めない派だ」 開き直って残りのメガバーガーを全部口に入れると、 滝井は「だってー」と不満そうに言った。 「さっき私メガバーガーから口離した時、よだれがべちょーって糸引いてたもん」 「うわ、きったねぇ事言うなよ」 もう飲み込んだ後だったもんで、何だかげんなりとしてしまった。 「ところで、何でお前ナゲット食ってんの?」 俺が滝井の手元のナゲットの箱を指差して聞くと、 滝井はこれまたあっけらかんと答えた。 「鳥は別腹だから」 「ありえねぇ…」 俺は呆れ果てたまま、滝井がナゲットを食い終わるのを何となく眺めていた。 帰り道。 夕焼け色の空を眺めたりしながら、俺達は商店街の前を歩いていた。 「もう卒業しちゃいましたなぁ…」 俺の横をトポトポと歩きながら滝井が言う。 「しちゃったなぁ…」 「4月に学校行っても、もう先輩いないんだねぇ…」 「いねぇなぁ」 滝井がふと、立ち止まる。 俺も4,5歩進んだ後、立ち止まって滝井を振り返った。 「どうした?」 俺が問うと、キッと真剣な顔をして滝井がこう聞いてきた。 「今、とても良いシチュエーションだと思わないかなぁ」 「…どういう意味だ?」 何だかよくわからない事を聞かれて反応に困る俺。 「いや、ほら。夕日出てるよ。人通り少ない商店街ですよ。私らの会話の内容とかあんまり周りに聞こえてないと思うんだ」 「…それで?」 俺が問い返すと、滝井は4〜5秒間を置いて言った。 「…何か私に言いたい事とかないの?」 「……」 何を言わせたいのかは想像がついた。 が、本当に俺の想像通りの答えで良いのか、自信がなかったせいでここでまた躊躇ってしまった。 「…やっぱ先輩、なっちゃんの事好きなんだ…」 滝井は俯いて肩を震わせていた。 頬には涙の筋が一本、すっと流れる。 「…なんで、そうなる」 俺は「はぁっ」とため息をついて滝井の頭を撫でながら言い聞かせた。 「一ノ瀬と仲が良いのは認めるけど、そういうつもりじゃないんだ」 滝井は俺に自分の顔を見せたくないのか、じっと地面を睨み付けて顔をあげようとはしなかった。 今、こいつの顔はきっと鼻水と涙の混じった液体で鼻や口の周りがべたべたになってて見せらんなくなってんだろうな。 そんぐらいの恥じらいは一応こいつにもあるのか…。 「っていうか、お前嘘泣きだろ」 「半分マジ泣きだもん…」 半分嘘泣きらしい。 俺は滝井の頭から右手を離し、ポケットからハンカチを取り出して滝井の顔に押し付けた。 「ほら、泣き止め」 滝井はハンカチを自分の手で持って、涙を一生懸命拭う。 「お前それ、俺に告ったようなもんだぞ…」 俺が呆れて言うと、滝井は反射的に顔を上げて言い返してくる。 「告ってないもん!」 「そうかよ」 滝井は俺をジッと睨んでいる。睨んだ目の端からはまだ涙が流れ続けていた。 何がそんなに悔しいのか。 「でも、俺の事好きって言ってるように聞こえたんだけどなぁ…」 煽るように言ってやると、滝井はまた顔を伏せて俺の脇腹に右手で軽くパンチを入れてきた。 「言ってないし…」 「そうかい」 本当はメチャクチャ恥ずかったのだけど、ここは言ってやるべきところらしい。 俺は左手の手のひらで滝井のパンチを軟球を掴むみたいに包み込んで、俺の胸の辺りに引っ張ってやった。 急に腕を引っ張られて、滝井は驚いてまた俺の顔を見上げる。 「滝井、付き合おう」 好きだ、はまだ言えそうになかったので無難な言葉を選んでみた。 滝井は目を見開き、顔を耳までカァーッと真っ赤にさせたが、 ギッと俺の顔を睨みつけて俺の手を振り払い、自分の右手を自分の左手で守りながら俺にこう言った。 「最悪だ。なっちゃんがダメだったから私で妥協するんだ。そんなん絶対納得しないもん」 さっきより睨み方がキツい。 「だから、違うっつーの」 俺は右手の親指をこめかみに当て、また「はぁっ」と溜息をついてから続けた。 「大体、なんで俺が一ノ瀬の事好きだなんて思ったんだよ」 「だって、いっつも何か喋ってんじゃん。すっげー仲良さそうだし、しかもなんかコソコソして何話してるか教えてくんないんだもん」 滝井はえぐえぐと子供みたいに泣きじゃくりながら話を続ける。 泣く子供をあやす父親ってのはこういう気分なのか? 「それに…卒業式の後、なっちゃんが告られてるの見て複雑そうな顔してたし…」 「そりゃお前…」 一瞬その先を続けて良いものか迷ったが、こいつの勘違いがこれ以上エスカレートしたらとてもじゃないけど収拾を付ける自信がない。 俺は観念して、事情を全て話す事にした。 「さっき一ノ瀬に告白してた俺の同級生、小谷って言うんだけど…」 確か去年の夏頃の話だった。 何の拍子でそういう話になったかは忘れたが、俺と小谷、どっちがモテるかで世にもみっともない言い争いになった事があった。 なぜか意地になっていた俺は気付いたら小谷にこう宣言していた。 「見てろよ彼女いない歴=年齢野郎。俺は卒業までに彼女作ってやるんだからな」 「望むところだ馬鹿野郎。そう簡単に俺のフェロモンに勝てると思うなよ」 買い言葉に売り言葉。そんな感じで俺と小谷は懸けをおっ始めたわけだ。 「……」 滝井は呆れ顔でこっちを見ている。泣き止んだのは良いんだがその荒んだ眼差しは止めてくれ。 「もうここまで言えば何となくわかるだろ」 どう説得すれば懐柔できるかわからなかったので、 引っ叩かれるのを覚悟の上で、滝井を抱き寄せた。 「俺は、最初からお前が好きだ」 滝井の手が俺の背中に回って、ぎゅっと抱き返してくる感触が心地よかった。 「うん…私も好き」 やっと、その言葉が聞けた時、緊張し続けていた体がふっと軽くなった感じがした。 何だか、ドッと疲れたぜ。 「…で」 ひと悶着が済んだ後、俺は残りの帰り道を滝井と手を繋いで歩いていた。 俺はどっちかってーと腕を組みたかったのだけど、 こっちの方が体温が直に伝わってくるから手を繋ぐ方が良いらしい。 「つまり、先輩は一ノ瀬さんが告白されてたから複雑そうな顔してたんじゃなくて、  その小谷さんが先輩の先を越して告白しちゃってたから複雑そうな顔してたんだよね」 やっと理解してくれたらしい。 「そういう事。一ノ瀬が告白受けたら俺の負けだし。  かと言って、小谷がフラれたらそれはそれで後味悪いだろ」 俺が答えると、滝井は右手の人差し指を顎にあてて「うーん」と唸ったあと続けた。 「それはそれとして、なんで先輩なっちゃんと異様に仲良かったの?」 まだ追求してくるのか…。 「お前の事、相談してたんだよ」 ムチャクチャ恥ずかしいので俺は目線を空の方で泳がせていた。 「…そ、そうなんだ…」 さすがに滝井も恥ずかしかったらしい。 「でも…」 滝井は、俺と繋いだ手にギュッと力を込めて言った。 「私の事はちゃんと私に聞いてほしいな…」 滝井はフラフラとしながら俺の肩に自分の肩をこすりつけてくる。 「今度から、そうする」 俺は目を合わせずに答えた。 そこへケータイのバイブ音。 俺は左手でブレザーのポケットからケータイを取り出した。 送信者は小谷。文面はシンプルに4文字。 『フラレタ』 …。 「10万捨て金が入ったぞ。日曜にどっかでパーッと遊ぼうか」 「現金懸けてたの!?」 呆れ果てた顔でこっちを見る滝井が愉快だった。 さっきの泣き顔より、やっぱこっちの方が面白いな。 「学生の10万は大金だからな。こんぐらいの後押しがないとお互い踏み出せなかったんだ」 学生じゃなくても大金だけどな。 「アホなヘタレだ…」 俺が自信満々に胸を張って言うと、滝井はますます呆れた顔で苦笑いしていた。 「あ、そうだ。ケータイ教えろよ」 俺のケータイを滝井に突き出して聞いてみる。 そもそも俺がこいつに告白できなかったのは、 積極的な割りにメルアドすら教えてもらってないから、 からかわれてるのか本当に気がないんだと思って半ば自信がなかったせいなんだぞ。 「へ?私ケータイ持ってないよ」 「……持ってないんだ?」 「うん」 なんてオチだろうね、これは。 そんなこんなで、俺と滝井はこの卒業式の日に晴れてカップルとなった。 2007.12.17〜20 執筆
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